2008年2月13日水曜日

石城北神谷誌・・・・・高木誠一著について













                 













(縄文時代の古墳跡・・・・・丘になっています)
上記の写真は、すべて「天福時で撮りました。」


土の匂い。風の色。人々の暮らし。山の動き。川の流れ。神々のふるまい。
時の重なり。 世間の重なり。村の記憶。
・・・高木誠一の「石城北神谷誌(いわききたかべやし)」 にはそれらが全てが書き記されている。
と本の帯に書かれています。
2007年に夏井芳徳さんの翻刻という形で雄峰舎、2,000円で世に出ました。

この本のことを著者は(1955年、昭和30年9月に亡くなられています。)
一介の農民にすぎませんで、文筆の事などは更に存じません。
特に忙しい農事の傍ら、収録したもの故、内容の分類、
話の順序も不自然でありましょうと 謙遜されていますが、
ここには、江戸から大正時代までの村々の生活記録が、書かれている貴重な記録だと思います。

いわき市民の皆様には是非読んでいただいて、子どもたちに読み聞かせ、
伝えていってほしいですね。

石城北神谷誌 高木誠一著 翻刻 夏井芳徳 雄峰舎(八幡印刷株式会社)
 いわき市平字田町82-13  TEL: 0246-23-1471
又、平1丁目「ヤマニ書房」さんで販売されています

その本に書かれてあるところを歩いてみようという、巡検という企画が「いわき地域学会」であり、40名ほどの参加者があり、その時の写真などを記録として書きます。
2月の初め、再度本を読む機会があり撮った写真のことを思い出し書こうと思いました。
詳しい内容は、本の中に述べられていますので読んでみてください。

1)天福時

「いわきのお寺さん」P46参照・・臨済宗 妙心寺派・・・いわき市平北神谷字御代作67
                            兼務住職・・大久町宝林寺
1279年開山、たびたび全焼し、1923年(大正12年)再建、1980年(昭和55年)庫裡新築
山門だけが数度の火災から助かった歴史があるもののようです。
本ではP47に書かれています。
土作焼き(どさく焼き)の達磨像あります。
明治時代までここのお坊さんは、天保の大塩平八郎の乱に参加して、前歯をかかれ追放されて僧になり、戊辰の役には寺の山に上がって旗を振って官軍の手引きをしたなどが書かれています。
明治5年8月、寺を出たままと・・・・

0 件のコメント: