2009年2月8日日曜日

いわき・くにたま通信

             大國魂神社の有名な「鬼椿」です。
                 立派な「鬼椿」です。

                クリックして大きくして見てください。
        大国玉神社で毎月出しています「くにたま通信」です。
              第115号になりました。


        宮司の山名先生に歴史を学ぶようになりまして、
               4月で4年目に入りますので、
               30号以上は読んでいます。


昨夜、「なるほど歴史塾」の新年会を
ラトブ近くの中華屋さんで行いました。
和気あいあいの話の中で、
当然「寛政十一年農家年中行事」の本の編集話で盛り上がった後で、
いのしし君より、10歳くらいうえの方々より、前の戦争時、小学校の頃の戦争で、
飛行機を見た、または爆弾投下の記憶話が出ました。
平はもちろん、東京、台湾などでの話に拡がり(当時は方々にいました。)、
そうした記録を「寛政十一年農家年中行事」を本にした後で、
記録としてまとめてはどうかという話が出まして、
まとめようという方向になりました。
いのしし君自身は、戦後生まれですので、直接戦争体験はありませんが、
両親は3月10日の東京大空襲で焼きだされ、
祖父、病身の姉を連れながらでしたので、
いわきに戻るのにも苦労したようです。
1日で10万人が殺された
世界に例のないジェノサイドとして問題にすべき事実です。
又、いのしし君の祖父は、日露戦争に行き、怪我をして戻ってきてから、
3人の子供を抱えながら、軍事恩給で
早稲田大学の英文科を卒業したのが、36歳の時だったようです。
当時の36歳は今の年齢ですといくつくらいになるのでしょうか。
又、祖父の経験しました「東京大震災」などの
悲惨な見た事実を両親から聞きましたが、
そのように、どの家庭でも、小説のネタになるような話は、
私達も聞いているのではないでしょうか。
そのようなエピソードをぜひまとめ、記録として残しておきたいですね。
上記「くにたま通信」は、
今回は禰宜の山名隆史先生が、「捕鯨」問題について、
歴史的・文化的にコンパクトにわかりやすく書かれている
貴重な論文になっていますので、
多くの人に読んでいただきたいです。

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